2024年8月1日木曜日

(連載推理小説)猟奇館事件

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 数日後、重体の彫刻家は病院に運ばれて治療中だった。しかし依然意識がなかった。
 警察署の取調室では、担当刑事が背の低い外国人の男から話を聞き出していた。最初はなかなか話さなかったが、やがて次のような供述をはじめた。
 男が彫刻家とはじめて出会ったのはフランスのパリだった。彫刻家はその頃、パリの美術学校に在籍しており、歳は二十代半ばだった。パリの裏町のアパートの2階に住んでおり、男も同じアパートの1階に住んでいた。男の職業は、教会から依頼された墓堀り人夫で、よく彫刻家から、死んだ人間を埋める前にスケッチさせて欲しいと頼まれたそうだ。妙に明るく、多弁でいつもスケッチブックを持ち歩いていた。
スケッチが終わると、死体を平気で念入りに触ったりするので気味の悪い人だと思ったが、少額だが金をくれるのでいつも引き受けていた。しかし、親方にそのことが知られてしまい、それからはいつも断っていた。
 彫刻家とは四年ほどそのアパートで暮らしていたが、あるとき同業者から、「深夜、墓を掘り起こしている奴がいる」との噂を聞いた。まさかと思ったが、ある日、アパートに警官がやって来て彫刻家の部屋を調べてみると、埋葬されている死人とそっくりな顔、形の彫刻作品が何点も部屋で発見された。警官はすぐに彫刻家を逮捕して留置した。裁判を受けて半年間、刑務所に入れられたと話した。
 担当刑事は男の話を聞いて、山崎医師の説明を思い出した。山崎医師は、彫刻家の躁病の症状が二十代の頃からはじまっており、その年齢の頃が酷かったと説明した。担当刑事はそのような異常行動が今回も躁状態の時に起きたのではないかと推察した。また、山崎医師は、「躁状態の時には二重人格が出現することがあり、本人も覚えていないことが多い」とも説明した。
 これらの異常行動は正常な人間には起こりえないことである。男はさらに日本へ来てからのことも話した。
 四十年が経ったある日、その彫刻家から手紙をもらって日本へやって来た。昔の事件のことも忘れていたし、妻も数年前に亡くなって貧乏暮らしをしており、彫刻家が金をくれるというので喜んで日本へ来たと言った。
彫刻家から、今野生動物や野鳥の剥製を制作しているから一緒に捕まえに行ってくれと言われ、毎日、山の中に入って素材になる野生動物や野鳥を探しに行った。ある時期から彫刻家の趣味が人間の剥製に興味が変わり、引き続き協力するようになった。悪いことだと分かっていたが、パリにいた時、ある美術商の人から剥製の置物は金になるということを聞いていた。
その人の話によると、世界には剥製のコレクターがたくさんいるとのことで、剥製を高額の値段で取引している。中には人間の剥製を収集しているコレクターもいて、動物の剥製よりも高額の値段で買い取ってくれる。男はそのコレクターたちに売りつけていたと供述した。でもそんな世界に疎い彫刻家は何も知らず、ただ芸術品として寝食を忘れて狂ったように制作を続けていたのだ。
 彫刻家の指示で、若い女性を誘拐して洋館へ連れ込んで殺害し、不要な臓器を取り除いて山の中へ捨てたと言った。女性たちはM市立病院の待合室で顔見知りとなりその女性たちを狙ったと話した。
 刑事たちは、男の供述を聞き終わってこれまでの謎が解明したことを喜んだ。しかし、依然、美術教諭と男子生徒の行方が分かっていないのだ。それを早急に解決しなければいけない。
「美術教諭と男子生徒はどこにいるのだ」
 男は、二人は逃げたと話した。どこへいったのか自分にも分からないと言った。
 二人が洋館から逃げたのなら警察や知人に連絡があるはずである。それがないのはどういう訳だろう。
 警察では再び地元の人たちからの聞き込みをはじめることにした。
 そんなある日のことである。犯人を逮捕してから数日後、警察署に一本の電話が掛かってきた。
電話を掛けてきたのはどこかで聞いたことがある人物の声だった。その声は「樹氷」の店主だった。担当の刑事さんをお願いしますと電話を掛けてきたのだ。
 刑事が出てみると、行方不明の美術教諭と男子生徒の容態がよくなり、明日にも退院できると話した。店主の話によると、二人の刑事が店にやって来た日、刑事の話を聞いて美術教諭のことが心配になり、自分も一週間後の深夜に洋館へ探しに出かけたのである。午前0時頃洋館に行くと、すでにトラック2台が来ており、運送屋が洋館から荷物を積み込んでいた。運送屋のふりをして、地下室から二人を助けたと言った。二人は手足を縛られ、睡眠薬を飲まされて意識朦朧状態だったが、何とか歩かせて洋館から連れ出し、農道に止めてあった自分の車に乗せて救い出したのだ。深夜のことで病院はどこも閉まっており、その夜は自分の家に泊めたと言った。警察への連絡は二人の容態が良くなってからにしたのだ。サスペンス映画の愛好者だった店主は、まさに探偵のような活躍をしたのである。
 刑事たちは店主の話を聞いて、この猟奇事件のすべてが解明したのでほっと胸をなでおろした。あとは治療中の彫刻家の回復を待って話を聞き出し、精神鑑定を行うことである。精神鑑定資料には山崎医師のカルテが不可欠である。
 警察では無事に救い出された美術教師と男子生徒から洋館の中での彫刻家の行動とアトリエの様子などを詳細に聞き取った。
事件の異常性から責任能力の有無が問題になるが、刑法上、心神喪失(精神障害により事物の是非・善悪を弁別する能力、又はそれに従って行動する能力が失われた状態)の場合はその責任を追及することが出来ずに無罪になる。
だが、重体の彫刻家は心臓近くを撃たれており、意識不明の状態はその後も続き、一週間後治療のかいもなく死亡した。 (完)






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