(オリジナルイラスト)
町から遠く離れたある村へ、ひとりの旅人がやってきた。
黒い帽子を被り、黒い服を着て、村の道をとぼとぼと歩いていた。
「あいつは何者だ」
「どこからやって来たんだ」
「ずいぶん汚らしいやつだな」
村の人たちは口々にいいあった。
あるとき畑仕事をしていた百姓が、不思議な光景を見た。
黒い服を着た旅人が、原っぱにカラスやスズメをたくさん集めて話をしているのだ。みんなまるで人間のようにおとなしく聞いていた。
何を話しているのか分からない。人間の言葉ではなかった。
それから不思議なことがおきた。
毎年、収穫時期になると、カラスやスズメが畑を荒らすのに、その年はまったく被害がなかった。百姓たちはみんな不思議に思った。
不思議なことはそれだけではなかった。
いつも家の庭に出している残飯がカラスに食い荒らせれて汚れるのだが、それがなくなったのだ。どの家でも同じだった。
「カラスたちは、ああして木の上で、お腹を空かして泣いているのにどうしてだろう」
村の人たちにはまったく見当がつかなかった。
その出来事はとなり村でも起きた。
その村では野良犬や野良猫が残飯をあさって広場はゴミだらけだったが、黒い服を着た旅人がやってきてからは、村はひとつのゴミも落ちてはいなかった。
「どうしてだろう」
ある晩、村の男が川のほとりで月をみていたとき、近くで話し声を聞いた。
不思議に思ってそばへいくと、聖書を手にしたあの旅人が、野良犬と野良猫を集めて話をしていたのだ。
「お前たちも神によって作られたのだ。それならばこの美しい世界を汚してはいけない。たとえ動物だといえ、いつも本能のままで生きているのは愚かしいことだ。お前たちも神の言葉にしたがって、少しは自分勝手な行いは慎むべきだ」
朝になって旅人はどこかへ去ってしまった。
男は昨夜の出来事を村の人たちに話したが、誰も信じなかった。
だけど村ではゴミ箱をあさっている動物は見かけなくなった。
(未発表作品)
(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)