(オリジナルイラスト)
船はまったく水につかっていましたが、そのあいだ私はずっと息をこらえて螺釘にしがみついていました。それがもう辛抱できなくなると、手はなおもはなさずに、膝をついて体を上げ、首を水の上へ出しました。やがて私どもの小さな船は、ちょうど犬が水から出てきたときにするように、ぶるぶるっと一ふるいして、海水をいくらか振いおとしました。それから私は、気が遠くなっていたのを取りなおして、意識をはっきりさせてどうしたらいいか考えようとしていたときに、誰かが自分の腕をつかむのを感じました。それは兄だったのです。兄が波にさらわれたものと思いこんでいたものですから、私の心は喜びで跳びたちました、――が次の瞬間、この喜びはたちまち一変して恐怖となりました、――兄が私の耳もとに口をよせて一こと、『モスケー・ストロムだ!』と叫んだからです。
そのときの私の心持がどんなものだったかは、誰にも決してわかりますまい。私はまるで猛烈なおこりの発作におそわれたように、頭のてっぺんから足の爪先まで、がたがた震えました。私には兄がその一ことで言おうとしたことが十分よくわかりました、兄が私に知らせようとしたことがよくわかりました。船にいま吹きつけている風のために、私たちはストロムの渦巻の方へ押し流されることになっているのです、そしてもうどんなことも私たちを救うことができないのです!
(エドガー・アラン・ポー「メールストロムの旋渦」佐々木直次郎訳より)
(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)