2018年8月28日火曜日

ひまわり畑と白い馬車

 ひまわり畑がどこまでも見渡せる丘の原っぱの木の下で、私はウトウトと眠っていた。草のクッションはふわふわとして気持ちがよい。そばにノートとペンが置いてある。ノートには創作中の子供の物語が書かれてあった。
 行き詰ったので疲れて眠ってしまったのだ。もう一度ペンを持って書きはじめたが、また行き詰った。そのうちにまた眠ってしまった。しばらくしてどこからか馬の蹄の音が聞こえてきた。
 目を開けて、聞こえてくる方へ寝返りをした。白い馬車がこちらへ向かって走ってくる。一頭だての馬車で、黄色い帽子をかぶった御者が乗っていた。
「お待たせしました。お乗りください」
 そばへやってきて御者がいった。
呼んだ覚えなどなかったが、今の時代に馬車に乗れるなんて夢のようなので、さっそくドアを開けて乗り込んだ。革張りのゆったりしたソファーに腰かけた。両側には水色のガラス窓。窓の外も良く見える。
「それー!」
 御者の合図で馬車は動き出した。丘を降りてひまわり畑のほうへ走って行った。畑の間に小道があり、そこを走って行った。するとどうだろう。不思議なことに周りのひまわりがどんどん大きくなっていく。
「なんだー、お化けひまわりだ!」
 考えているうちにわかった。
「違う、馬車が小さくなって行くんだ。それにおれの身体も全部だ」
 ひまわり畑の小道はうーんと広くなって、小石も岩のように大きい。やがてひまわり畑の隙間に、細い別の道が遠くまで続いていた。馬車はその道を走って行った。
「どこまで行くのかな」
 やがて一本のひまわりの茎の下で、何かが動いた。小人のようだがよく分からない。それは検問所で、小人の警備員が仕事をしていた。
 検問所へやってくると、御者が通行許可書を見せた。
「一台ですね」
「たのむよ」
 検問所のガードが開き、馬車はまた走り出した。前方にトンネルがあった。大きなトンネルだった。
 中に入ると、ずいぶん涼しかった。トンネルは地下の国へ行く通路だった。
 天井には照明が付いていて明るかった。
「ほんの1キロ先です」
 窓から顔を出していた私に御者がいった。
 やがてトンネルの先が明るくなってきた。
 馬車は光にむかって走って行った。
 トンネルを抜けると、そこは別世界だった。青空が広がり、建物がたくさん建っている。道路には馬車が走っており、歩道にもたくさんの人が歩いていた。
「どこへいきましょうか」
 走りながら御者が尋ねた。
「ああ、まずはジュースが飲みたいな」
 喫茶店の中へ入ると、お客がたくさんいた。不思議なことにみんなひまわりのように丸顔で、黄色い顔をしている。
 壁に掛かっている絵画もひまわりだった。
「オレンジジュースをたのむよ」
 喉が渇いていたので、冷たくて美味しかった。
 店を出てから、馬車に乗って町の中を見物した。噴水のある公園の中に、ジプシー風の男がベンチに座ってヴァイオリンを弾いていた。リクエストされたジプシー音楽を見事に弾いていた。しばらく聴いてから、また馬車に乗った。
 公園を出ると、一軒の花屋があった。花は全部ひまわりだらけだった。お店のとなりで絵を売っている男がいた。これもひまわりの絵ばかりだった。油絵、水彩画、パステル画で丁寧に描いてある。一枚買おうかと思ったけど、財布の中には千円しか入っていなかったので買えなかった。
 ある通りを走っていたとき、ひとりの男に呼び止められた。
「面白い見世物がありますよ。ぜひ店に来てください」
 男にいわれるまま、馬車を降りて店に入った。
 店の中は黒いシートが掛かっており、ひまわりの顔をしたお客が20人くらいいた。
 ステージは狭く、司会者が現れて話しはじめた。
「皆さん、お待たせしました。これから開演です。ゆっくりお楽しみください」
 挨拶が終わり、司会者が続けていった。
「ご紹介します。どんな質問にも答える不思議な能力を持つ男です」
 大きなひまわりの顔をした男がステージに現れた。
「どんなことにもお答えします。じゃあ、質問をどうぞ」
 お客のひとりが尋ねた。
「この夏はいつまで猛暑が続きますか」
 男は答えた。
「9月はじめまで」
 お客はみんな嬉しそうにパチパチと手を叩いた。
「台風はまだやって来ますか」
「今年は多い。あと3つくらい」
「そりゃ大変だ。飛ばされないように気をつけよう」
「雨はいつ降りますか」
「一週間後に雷雨があります」
「よかった喉がからからなんだ」
 どうしたわけか、私も手を挙げてしまった。
「私の名前を言い当ててください」
「・・・さんです」
「当たった」
 私はびっくりした。
 ひまわり男は、すぐそばへやってきた。
「見かけない人ですね。悩みごとがありますね」
「ええ」
「言い当てましょう。物語に行き詰ってますね」
「驚いた。当たってる。じゃあ、どうしたら解決するでしょう」
「なに、この店を出るときには解決してますよ」
 最後にこんな質問をしてみた。
「私の寿命はどのくらいですか」
「長生きですよ。90歳くらいです」
 それを聞いたお客たちは、みんなびっくりして私の方を見た。
 そのとき不思議なことが起こった。周囲がぼんやりして、気がつくと白い馬車に乗っていた。馬車はもと来たひまわり畑の道を走っていた。知らない間に身体が大きくなり、丘の上の原っぱへ帰ってきた。気がつくと白い馬車は消えていた。夢だったのだ。でもよかった、書くものが見つかった。家に帰るとさっそく物語の続きを書きはじめた。



 (オリジナルイラスト)




(未発表童話です)





2018年8月12日日曜日

山を降りた雪男

 雪男は氷の岩の家で暮らしていた。
 雪男は退屈だった。むかしのようにテレビのリポーターも新聞記者もぜんぜんやってこないからだった。
「おれのことはまったく忘れられてしまった」
 あまり暇なので、ある夏の日、村へ行くことにした。
 山を降りていくと、麓はずいぶん暑かった。
「最近は山も暑いけど、山の下はまるでサウナだな」
 山道を降りながら、やがて民家が見えて来た。
「久しぶりだな。人間たちはどんな暮らしをしているのだろう」
 三十年ぶりだったので、ずいぶん興味があった。
 一軒の民家へやってくると、家の中を覗いてみた。ヒゲを生やした独身の男がユーチューブで映画を観ていた。
「おう、雪男の映画だ」
 懐かしい映画だったのでしばらく観ていた。
「最初から観てみたいな。そうだ、レンタルビデオ店で借りよう」
 この村に一軒しかないお店へ行ってみた。雪男の映画はとっくに流行が終わって置いてないということだった。
 仕方がないので、ゾンビとハロウィンの映画を借りた。
「せっかく山から降りて来たんだ。食料品店で買い物をしよう」
 夕食のおかずを買いに行った。
 豚肉と卵、サラダ、インスタントみそ汁、お米などを買った。
 となりに散髪屋があった。
「長いこと毛を切ってないから、さっぱりさせよう」
 お店に入って切ってもらった。あまりに毛が多いので、料金を二倍取られた。
 雪男は山へ帰っていった。
 ところが山へ戻ると、氷の家は暑さで、ずいぶん溶けていた。ポタポタと水がたれている。
「ああ、ずいぶん隙間が空いてるな。これじゃ冬になったら、風邪をひくな」
 映りの悪いテレビで天気予報を聞いてみた。今年は太平洋高気圧の勢力が強くて、気温の高い状態が夏中続くといっている。
 雪男は、暑さで氷が全部溶けて住めなくなるのを心配して、岩の家を作ることにした。
 ある日、ビデオを返しに行ったついでに、つるはしとドリルを買ってきた。
 岩を砕きながら、毎日作業を進めた。
 そのうちに氷の家はすっかり溶けてなくなってしまった。
「冬がやって来ないうちに、早く作ってしまおう」
 カチン、カチン、ガリガリガリーー、ガリガリガリーー
汗をかきながら雪男は、毎日岩を砕いていった。
 ある夜、村の方から花火があがった。山の上から見える花火は本当にきれいだった。
「ああ、夏もそろそろ終わりだな」
 花火を見ながら雪男はそんなことを呟いた。



              (オリジナルイラスト)




(未発表童話です)