行き詰ったので疲れて眠ってしまったのだ。もう一度ペンを持って書きはじめたが、また行き詰った。そのうちにまた眠ってしまった。しばらくしてどこからか馬の蹄の音が聞こえてきた。
目を開けて、聞こえてくる方へ寝返りをした。白い馬車がこちらへ向かって走ってくる。一頭だての馬車で、黄色い帽子をかぶった御者が乗っていた。
「お待たせしました。お乗りください」
そばへやってきて御者がいった。
呼んだ覚えなどなかったが、今の時代に馬車に乗れるなんて夢のようなので、さっそくドアを開けて乗り込んだ。革張りのゆったりしたソファーに腰かけた。両側には水色のガラス窓。窓の外も良く見える。
「それー!」
御者の合図で馬車は動き出した。丘を降りてひまわり畑のほうへ走って行った。畑の間に小道があり、そこを走って行った。するとどうだろう。不思議なことに周りのひまわりがどんどん大きくなっていく。
「なんだー、お化けひまわりだ!」
考えているうちにわかった。
「違う、馬車が小さくなって行くんだ。それにおれの身体も全部だ」
ひまわり畑の小道はうーんと広くなって、小石も岩のように大きい。やがてひまわり畑の隙間に、細い別の道が遠くまで続いていた。馬車はその道を走って行った。
「どこまで行くのかな」
やがて一本のひまわりの茎の下で、何かが動いた。小人のようだがよく分からない。それは検問所で、小人の警備員が仕事をしていた。
検問所へやってくると、御者が通行許可書を見せた。
「一台ですね」
「たのむよ」
検問所のガードが開き、馬車はまた走り出した。前方にトンネルがあった。大きなトンネルだった。
中に入ると、ずいぶん涼しかった。トンネルは地下の国へ行く通路だった。
天井には照明が付いていて明るかった。
「ほんの1キロ先です」
窓から顔を出していた私に御者がいった。
やがてトンネルの先が明るくなってきた。
馬車は光にむかって走って行った。
トンネルを抜けると、そこは別世界だった。青空が広がり、建物がたくさん建っている。道路には馬車が走っており、歩道にもたくさんの人が歩いていた。
「どこへいきましょうか」
走りながら御者が尋ねた。
「ああ、まずはジュースが飲みたいな」
喫茶店の中へ入ると、お客がたくさんいた。不思議なことにみんなひまわりのように丸顔で、黄色い顔をしている。
壁に掛かっている絵画もひまわりだった。
「オレンジジュースをたのむよ」
喉が渇いていたので、冷たくて美味しかった。
店を出てから、馬車に乗って町の中を見物した。噴水のある公園の中に、ジプシー風の男がベンチに座ってヴァイオリンを弾いていた。リクエストされたジプシー音楽を見事に弾いていた。しばらく聴いてから、また馬車に乗った。
公園を出ると、一軒の花屋があった。花は全部ひまわりだらけだった。お店のとなりで絵を売っている男がいた。これもひまわりの絵ばかりだった。油絵、水彩画、パステル画で丁寧に描いてある。一枚買おうかと思ったけど、財布の中には千円しか入っていなかったので買えなかった。
ある通りを走っていたとき、ひとりの男に呼び止められた。
「面白い見世物がありますよ。ぜひ店に来てください」
男にいわれるまま、馬車を降りて店に入った。
店の中は黒いシートが掛かっており、ひまわりの顔をしたお客が20人くらいいた。
ステージは狭く、司会者が現れて話しはじめた。
「皆さん、お待たせしました。これから開演です。ゆっくりお楽しみください」
挨拶が終わり、司会者が続けていった。
「ご紹介します。どんな質問にも答える不思議な能力を持つ男です」
大きなひまわりの顔をした男がステージに現れた。
「どんなことにもお答えします。じゃあ、質問をどうぞ」
お客のひとりが尋ねた。
「この夏はいつまで猛暑が続きますか」
男は答えた。
「9月はじめまで」
お客はみんな嬉しそうにパチパチと手を叩いた。
「台風はまだやって来ますか」
「今年は多い。あと3つくらい」
「そりゃ大変だ。飛ばされないように気をつけよう」
「雨はいつ降りますか」
「一週間後に雷雨があります」
「よかった喉がからからなんだ」
どうしたわけか、私も手を挙げてしまった。
「私の名前を言い当ててください」
「・・・さんです」
「当たった」
私はびっくりした。
ひまわり男は、すぐそばへやってきた。
「見かけない人ですね。悩みごとがありますね」
「ええ」
「言い当てましょう。物語に行き詰ってますね」
「驚いた。当たってる。じゃあ、どうしたら解決するでしょう」
「なに、この店を出るときには解決してますよ」
最後にこんな質問をしてみた。
「私の寿命はどのくらいですか」
「長生きですよ。90歳くらいです」
それを聞いたお客たちは、みんなびっくりして私の方を見た。
そのとき不思議なことが起こった。周囲がぼんやりして、気がつくと白い馬車に乗っていた。馬車はもと来たひまわり畑の道を走っていた。知らない間に身体が大きくなり、丘の上の原っぱへ帰ってきた。気がつくと白い馬車は消えていた。夢だったのだ。でもよかった、書くものが見つかった。家に帰るとさっそく物語の続きを書きはじめた。
(オリジナルイラスト)
(未発表童話です)