2017年7月28日金曜日

歩きまわる墓石

 とてもポジティブな墓石でした。お墓に来るまでは山の石切り場で、ギーン、ギーンと石を切る機械の音を聞いたり、林の中から聞えてくる小鳥たちのおしゃべりを聞いたり、賑やかな雰囲気が大好きでした。
 ところが、運ばれてきたのは昼間でもさびしいお墓だったのです。
「おれはこんなところは大嫌いだ」
 真夜中に火の玉が出て来て、お墓の中をのんびり飛んでいるときも、墓石は迷惑そうな顔をして、
「うるさいなあ、あっちへ行ってくれ」
と追っ払ったりしました。
 そんな性格だったので、夜になるとお墓から抜け出して町の中を歩きまわりました。
 タクシーの運転手などは、深夜、歩道を歩いている墓石をよく見かけました。新聞配達や牛乳配達の店員も、信号待ちをしていたとき、陸橋の上をテクテク歩いている墓石を何度も見ました。
 その墓石はこの町の公園やコンサートホールへよく出かけました。山の石切り場にいた友だちに会いに行くのです。
「やあ、元気そうだね。ここは賑やかそうだ」
公園の石碑になった石は、
「日曜日になると人がたくさんやってくるんだ。春はお花見、夏は盆踊りと大変賑やかだ」
 コンサートホールへも行って、
「やあ、元気にやってるかい」
 正面入り口の傍の石碑になった石も懐かしそうに、
「このホールの隣の広場でよく野外コンサートをやってるから、ここでいつも聴いてるんだ」
「おれもこんなところで働きたかったなあ」
 ある夏の夜、となり町で花火大会があるというので観に出かけました。距離が離れているので、鉄道線路の傍をテクテク歩いて行きました。
「あれぇ、誰か歩いてるなあ」
 近づいて行くと、どこかで見たことがある人物でした。
「山下清だー」
 裸の大将そっくりな中年のおじさんがリュックサックを背負って歩いているのです。そのおじさんも毎年花火大会を観に出かけるのでした。向こうも気がついて振り返りました。
「ど、どこからやってきたんだ」
「町のお墓からだ」
「こ、これ食べないか」
そういっておにぎりをくれました。
 リュックサックの中には雨傘、スケッチブック、色エンピツのほかに、途中、農家の畑から盗んできたトマトやキュウリも入っていました。
 おじさんと話をしながら歩いて行くと、やがてとなり町に着きました、町の真ん中に大きな川が流れていて、川の向こう岸に花火大会の会場が見えてきました。
 河岸にはたくさん人が集まっていました。
「も、もうすぐ開始だな」
やがて、ドーン、パチ、ドーン、パチとすごい音がして、花火が打ち上げられました。
おじさんと草の上に座って、トマトやキュウリを食べながら見物しました。
 おじさんは、ときどきスケッチブックを取り出して絵を描いたりしました。
 2時間くらい観て帰ることにしました。
おじさんは家に帰ったら、大きな画用紙に水彩絵具で花火の絵を描くのだといっていました。
 お墓へ戻ってきた墓石は、花火大会のことを仲間の墓石たちに話しながら、
「今度はどこの町の花火大会を観に行こうかな」
と楽しそうに考えていました。










              (オリジナルイラスト)


(未発表童話です)





2017年7月19日水曜日

水晶の洞窟

 どこか知らないとても高い岩山に、水晶で出来た洞窟がありました。その洞窟の水晶は青や紫や緑、赤色をしていてほんとうにきれいでした。満月の夜になると月の光が洞窟の中へ差し込み、キラキラと美しく輝いていました。
 一番奥の暗い場所にいた紫色の水晶は、外の様子を観たことがなく、それどころか太陽の光も月の光も知らなかったのです。
「ああ、この場所はいつも暗くて寒いのだ。一度は外の清涼な空気を吸いたいものだ」
 ある夏のこと、すっかり日が沈んでから、一匹のアゲハチョウが迷子になってこの洞窟の中へ入ってきました。
 アゲハチョウは疲れた様子で、洞窟の中をひらひらと飛んでいましたが、やがて洞窟の奥の紫色の水晶のそばに止まりました。
「やあ、どこから飛んで来たんだ」
「迷ったんだ。この洞窟の近くに小さな花畑があるのだけどわからなくなってしまった」
 水晶は、どこへでも自由に飛んで行ける蝶をうらやましいと思いました。
「おれもいろんな場所へ飛んでいきたいな」
 思っていると、ふしぎなことが起きました。それは水晶の精の仕業でした。身体がふわふわするのです。気がつくと紫色のアゲハチョウに変わっていました。
「驚いた。こんなことがあるなんて」
「一緒に来ないか」
 二匹のアゲハチョウは洞窟から出て行きました。
季節は夏ですが、夜の山はひんやりと寒いのです。
 岩山のところどころに小さな花畑がありました。
「こんな高い所にも花が咲いているんだな」
「もっと下へ行こう」
 森が見えてくると、山の渓流が流れているところまでやってきました。すぐ近くに滝がありました。すごい水しぶきをあげています。
 見たこともない景色に紫色のアゲハチョウはうっとりと眺めていました。
「もっと下まで行ってみよう」
 二匹のアゲハチョウは川を下って行きました。暗い森を抜けるとやがて谷が見えてきました。
 その谷の下に村がありました。まわりは田んぼになっています。
 村にやってきました。田んぼのそばの小川までやってきたときです。田んぼの上をキラキラと何か光って飛んでいました。それはたくさんのホタルでした。
 アゲハチョウを見つけて、一匹のホタルが近づいてきました。
「君たちはどこからやってきた」
「山からさ」
 昼にしか見かけないアゲハチョウを見てホタルは驚きました。
「おれたちについてきなよ」
 ホタルたちのあとをついて行くと、近くの森に入って行きました。沼があり、みんなその上を楽しそうに飛んでいました。
「森のむこうには何があるだろう」
 ホタルたちと別れて森から出て行きました。森を抜けると原っぱがありました。原っぱの真ん中に分校が建っていました。教室の一つの窓から月の光を受けて何かキラキラと光っています。校庭の中へ入って行くと、その光の方へ飛んで行きました。
「わあ、水晶だ」
 その部屋は理科室で、フラスコやビーカーが置いてある棚の上に、いろんな色をした水晶の入った標本箱が置いてありました。
 標本箱の中で水晶たちが何か話しています。
「岩山の水晶たちはいまごろ何をしてるかな」
「おれたちのことはもう忘れてしまったかな」
「山は涼しいだろうなあ」
「また帰ってみたいなあ」 
 アゲハチョウには、そんなことを話をしているように思えました。
やがて、二匹のアゲハチョウは帰ることにしました。森を抜けて高い岩山の方へ飛んでいきました。









(未発表童話です)




2017年7月9日日曜日

かかしの水浴び

 夏のひざしがとてもまぶしい日のこと、田んぼの中に突っ立っていたかかしのところへ、山からさるがやってきました。
「かかしの旦那、きょうも暑くって仕方がありませんね。どうですか、川へ水浴びに行きませんか」
 かかしは自分の汚れた着物を見ながら、
「そりゃいい、あんたにおぶっていってもらおうかな。ついでに着物も洗うことにしよう」
「それじゃ、行きましょう」
 さるに背負ってもらって川へ行きました。
川へやって来ると、さっそく飛び込みました。水の中は冷たくてとっても気持ちがいいのです。
 かかしは長い間着物を洗ったことがなかったので、さるにゴシゴシ洗ってもらいました。
 田んぼへ戻ってくると、かかしはさっぱりしたようすで同じ場所に立ちました。さるも山へ帰っていきました。
 しばらくしてから、かかしは気がつきました。
「しまった、かさを忘れてきた」
 こんなひざしの強い日に、かさをかぶっていないと日射病になってしまいます。
 そのときです。農家から飼い猫がやってきました。
 飼い猫は、かかしを見てへんな顔をしました。
「かさをどうされました」
「川へ水浴びにいって忘れてきたんじゃ」
「それじゃあ、取りにいってあげましょう。これからフナを取りにいくところなんです」
「たのむよ」
 夕方になってから、飼い猫はかさを持ってきてくれました。






(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)