2015年12月31日木曜日

どろぼうとピアノ

 留守をしていたピアノの先生の家に、どろぼうが忍び込みました。
「なにか金めのものはないかな」
あちこち探しましたが、部屋の中には音楽の本やレコードや楽譜ばかりで、金めのものなどありません。
「がっかりだ。なにもない家だな」
しかたがないので、ピアノのふたをあけて、鍵盤をたたいてみました。
「いい音がするな」
 どろぼうは、ポロン、ポロンとたたきながら、なんだか楽しい気分になってきました。
「小学生の頃をおもいだすなあ」
 どろぼうは、こどものころハーモニカを吹くのが得意でした。でも大人になってからは一度も吹いたことがありません。いつもお巡りさんにつかまらないように逃げてばかりいたので、家でも音をたてずに静かにくらしていたからです。
 だから、小学生のときに教えてもらったハーモニカも一度も吹いたことがありません。
でも、静かに音もださないでくらす生活がどんなにつまらないものか、どろぼうは身にしみて知っていました。
「いつまでもこんな仕事をしていたら、一生楽しい生活なんておくれないなあ」
どろぼうは、まともな仕事につこうと考えはじめました。
 そのとき部屋のはしら時計が夜の十二時を打ちました。
「まずい、こんなに長くいてしまった」
どろぼうは、なにも捕ることもなく、いそいでこの家から出て行きました。
 あくる日、どろぼうは仕事を探しに出かけました。
「まじめに働いて、貰った給料でハーモニカを買おう」
いろいろ歩き回ってようやく仕事をみつけると、翌日から働くことになりました。
ふだんは寝てくらしていたので、さいしょは仕事中にねむくなったり、怠けたくなったりしましたが、がまんして働きました。
 そして念願の給料日がやってきました。親方から給料をもらうと、さっそくハーモニカを買いに、町の楽器屋さんへ行きました。
「これください。」
そういってずいぶん高そうなハーモニカをえらびました。
そして家に帰ってきてからは、毎日のようにそのハーモニカを吹きました。
「そうだ。ピアノも習いに行こう」
 男は、仕事が終わると、近くのピアノ教室へ通いはじめました。中古のピアノも買って、毎日練習をしました。
昔だったらこんな大きな音で楽器を弾くことなんて考えられなかったのですが、もう今ではそんなことも平気なのです。
「やっぱり、泥棒かぎょうをやめてよかったなあ」
そういって、のびのびした気持ちでピアノを練習しました。
そのかいがあって、数年後には、ピアノの発表会にも出られるようになりました。





(つるが児童文学会「がるつ第32号」所収)


2015年12月24日木曜日

びんぼうなサンタクロース

 クリスマスがやってくるというのに、元気のないサンタクロースがいました。
そのサンタクロースはとてもびんぼうだったので、家の中には、がらくたのおもちゃしかありませんでした。
「こんなわたしがサンタクロースだなんて、子どもたちが知ったらなんて思うだろう。いっそのこと、この仕事をやめてしまおうかな」
 そんなさびしいことを考えたりもしましたが、サンタクロースに生まれたからには、なんとか子どもたちがよろこんでくれるようなクリスマスプレゼントを贈りたいと思っていました。
そこで思いついたのが、じぶんで絵本をつくって、だいすきな子どもたちにプレゼントすることでした。
お金もなく、食べることにも困っているサンタクロースでしたが、子どものころから、じぶんで楽しいおはなしを作ったり、絵を描いたりすることがだいすきだったからです。
 翌日から、さっそく絵本づくりをはじめることにしました。
頭の中には、いろいろなおはなしのアイデアがたくさんつまっていました。
「さて、どのおはなしがいいかな。そうだ」
 サンタクロースが、画用紙に描きはじめたのは、むかし、北欧のある国の高原の村へいったときに思いついたおはなしでした。そのころ、サンタクロースのくらしも豊かだったので、トナカイの引くそりの中には、子どもたちにプレゼントするおもちゃやお菓子がたくさん積まれていました。
 雪道を走っていたとき、向こうのモミの木の林のほうから、きれいな鐘の音が聴こえてきました。それは、この村の教会から聴こえてくるハンドベルの音色でした。
静まり返った雪の世界に、その音色はとてもやさしく美しく響いてきます。教会の中では、ロウソクの明かりがゆらゆらとすてきに燃えています。
 すると、ふしぎなことに、そのハンドベルの音は、雪の妖精たちの住んでいる空のうえまで届きました。雪の妖精たちは、みんなその音に耳をかたむけていました。
「なんてすてきな音色だ。地上にもこんなすてきなものがあるんだな。ぼくたちが住んでいる天国と同じだ。今夜は、みんながぶじに家に帰れるように、雪を降らせないでおこう」
 それまで、ちらちらと雪が降っていましたが、いつのまにか雪はやんで、夜空にはきれいな星が輝いていました。
そんな理由でしょうか。この土地では、毎年、クリスマスの夜だけは、雪がすこしも降りませんでした。だから、遠くからやってきた人たちも、みんな安心して家に帰ることができたのです。
 それはサンタクロースにとっても大変都合のいいことでした。雪の降る土地では、ときどき大雪になって、これまでなんどもそりが雪道で立ち往生して、クリスマスプレゼントを届けられない家があったからです。
 サンタクロースは、ほかにもいくつかのおはなしを考えつきましたが、このおはなしがいちばんクリスマスの日にぴったりなので、このおはなしを絵本にすることにしたのです。絵本の構成は、画用紙の下の方に黒マジックで文章を書いて、上の方に水彩絵の具で絵を描くことにしました。
さいわい、子どものころに、サンタの学校で絵のじょうずな先生から絵の描き方を教わったので、それを思い出しながら描きました。
クリスマスまで、あと一週間でしたが、毎日サンタクロースは、部屋にこもって絵本を作っていました。
昼も夜もぶっ通しで作業をして、できた数はわずかに十五冊だけでしたが、これを子どもたちにプレゼントすることにしたのです。
 クリスマスイヴの晩になりました。家の小屋にかわれているトナカイのそりに乗り込むと、
「さあ、しゅっぱつだー!」
元気よくサンタクロースは、雪の原っぱを走り出しました。
トナカイの首につけた銀色のすずの音が、雪の野山に響き渡ります。
 やがて、最初の町へやってきました。
すっかり夜もふけて、どの家も、電灯を消してみんなぐっすりと眠っていました。
いっけん、玄関のそばにクリスマスツリーが立っている家がありました。
「子どもたちのいる家かな」
サンタクロースが、家の庭へ入って窓から中をのぞいてみると、小さな子どもたちが三人なかよく眠っていました。
 へやの中には、絵本がたくさんあって、本好きな子どもたちだなと思いました。
「おじさんの絵本もよんでくれるかな」
そういってそっと窓を開けると、すきまから絵本を差し入れました。
サンタクロースは、トナカイのそりに乗ると、また走り出しました。
 町のかたすみに、壊れかけた家がありました。びんぼうな家だとわかりました。
家の中には、ふたりの子どもたちが、からだをくっつけて眠っていました。この子どもたちの両親は、生活のために夜も働きに行っているのでした。
「世の中不景気だけど、みんながんばって生きているんだな」
サンタクロースは、まずしいのは自分だけではなくて、世の中の人たちもまたびんぼうなんだと思いました。
そう思いながら、絵本を窓辺においておきました。
 やがて、次の町へやってきました。その家は、幼稚園の保母さんの家でした。家の中に、男の子が眠っていました。
「保母さんの家なら、わたしが作った絵本を幼稚園の子どもたちにも読んでくれるだろう」
サンタクロースも子どものとき、サンタの国の幼稚園で、保母さんに絵本を読んでもらったことを思い出しました。サンタクロースは、幼稚園の子どもたちにも読んでもらえるように、何冊か絵本を余分に窓辺においておきました。
そうやって、いろいろ町をまわっているうちに、むこうの空がすこしずつ明るくなってきました。
「もう朝なのか。さて、あと二冊どこへもっていこうかな」
 走りながら、サンタクロースがやってきたのは、広い田畑の広がる土地でした。いまは、雪ですっかり一面真っ白ですが、夏には大きな甘いももが収穫され、、秋にはりんごが畑の木にたくさん実をつけます。これらのおいしいくだものはこの土地の名産品でした。けれどもお百姓さんたちの顔は暗いのでした。
 ある農家にやってきました。
家の窓から中をのぞいてみると、ふたりの子どもが眠っていました。窓辺には、りんごをたくさん入れたバスケットが置いてあり、そばに手紙がいっしょに入っていました。サンタクロースは窓をそっとあけると、その手紙を読んでみました。

サンタクロースのおじさんへー
 ぼくの農家でとれたおいしいりんごです。食べてください。
今年、千年に一度しか起きないような大きなじしんとつなみにあいました。ぼくたちの農家は大丈夫でしたが、おじいちゃんが暮らしている海の家はつなみで流された所がたくさんあります。
ほうしゃのうの影響もぼくの土地ではありません。だけどみんな農産物がなかなか売れないと困っています。なんともないので、あんしんして食べて下さい。りんごたくさんありますから、サンタの国の人たちにも食べてもらってください。
まさひこ
よしのりよりー

 サンタクロースが、その手紙を読んで、とても驚いたのも無理はありません。それはサンタクロースの人生の中でも一番の驚きでした。
「そうだったのか。そんなことだったら、もっと早いうちから作業をはじめて絵本をたくさんもってくればよかったなあ。海辺に住んでいる子どもたちにもプレゼントすることができたのに。でも来年はかならずたくさん作ってもっていこう」
 そういうと、サンタクロースは、お礼の手紙と絵本を二冊置いておくと、かわりにりんごの入ったバスケットを受け取りました。そして、静かにその農家から出て行きました。
 トナカイの引くそりに乗りながら、サンタクロースは仕事を終えてほっとしました。
「どうにか、ぜんぶまわることができた。子どもたちが喜んでくれたらうれしいなあ」
サンタクロースは、まんぞくそうにいうと、向こうの山を越えて自分の家に帰っていきました。
 朝になりました、絵本をプレゼントされた子どもたちは、みんなとても喜びました。だって、サンタクロース手作りのうつくしい絵本をプレゼントされたからです。幼稚園の保母さんの家でも、さっそく子どもたちに読んできかせてあげました。子どもたちはみんな、すっかりおはなしに魅了されて聞いていました。
 絵本の中には、サンタクロースからの手紙が入っていました。
(わたしはびんぼうなサンタクロースです。だいすきな子どもたちに、高価なおもちゃやお菓子をプレゼントすることができませんが、手作りのうつくしい絵本を作ってみました。どうか読んでみてください)
 それから、りんごをくれた農家の子どもたちには、
(たくさんのりんごをありがとう。友達のサンタさんにもわけてあげます。来年も絵本を作ってもっていきます。また海辺で暮らす子どもたちにも届けますので待っていてください。では来年のクリスマスまでさようなら)
 サンタクロースの手紙にはそんなことが書かれていました。









(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2015年12月17日木曜日

絵師とゆうれい

 田舎から江戸へ出てきたひとりの腕のよい絵師がいた。仕事をするのに都合のよいどこか静かで安い借家がないものかと、毎日あちこち探し歩いていた。
 ある日、うってつけの借家を見つけると、その家に住むようになった。絵師は、毎日のように畳の上に和紙を広げ、墨をたっぷり含ませた筆を使って注文の絵を描いていた。
 ある日、用があって家から出て行くとき、近所のおかみさんたちがこんな話をしているのを耳にした。
「この家の人は知っているんだろうかねぇ、この家がゆうれい屋敷だってことを」
「声が大きいよ。知ってるわけないさ、だから借りたんだからさ」
 ある晩、絵師が仕事を終えて眠っていると、どこからかしくしくと淋しげにすすり泣く女の声が聞こえてくるので目が覚めた。
なにげなく障子に目をやると、月の光に照らされた障子に若い女の影が映っている。
その影は、じっとその場に立ちすくんだまま、部屋の様子をうかがっているようだった。
「そこにいるのは、誰じゃ。わしに何か用でもあるのか」
 絵師の声に驚いたのか、その女の影はすうーっとどこかへ消えてしまった。
 次の晩、やはり絵師が仕事疲れで眠っていると、妙に生暖かい風が自分の顔をすうすうと吹き抜けていく。
ふと、目が覚めると、部屋の障子が半分開いたままになっている。泥棒が入ったのかと思い、薄暗い部屋のまわりを見渡したとき絵師は驚いた。部屋の隅に、見知らぬ若い女が淋しそうに座っているのである。
ふしぎなことに、女の腰から上ははっきりと鮮明に見えるのだが、腰から下の方は薄ぼんやりとしか見えなかった。
「あんたはいったい誰じゃ。わしに何か頼みたいことがあってここへきたのじゃろ」
 絵師の言葉をきいて、若い女は小さくうなずいた。
「どんなことが頼みたいか話してみなさい。わしに出来ることがあったら手助けしてあげよう。あんたの話は誰にもいわんから」
 絵師のやさしい心づかいに、女は安心したのか自分の身の上と頼みごとを話しはじめた。
 女の話はこうだった。女はむかし、この家で暮らしていたひとり娘だったが、身体が弱いうえにとても内気でいつも外へは出なかったという。
 毎年の浅草のお祭りにも行けず、ひとり淋しく家の中で寝ていたのだった。ある年この娘は、十九のとき病気で亡くなったが、あの世へ行く前にどうしても浅草のお祭りが見てみたい。にぎやかな表通りを歩いて金魚すくいや、花火を見てみたい。けれども女には、どうしてもお祭りへ行けない事情があった。
 女は、話しながら絵師の方へそっと顔を向けた。女の顔には目も鼻も口もなかった。
絵師はその顔を見て驚いたが、すぐに気を取り戻すと、その気の毒な娘を救ってやろうと思った。
「わしにまかせておきなさい」
 そういって、すずり箱を取り出すと、細い筆で心を込めて美しい顔を描いてやった。
「これでもうだいじょうぶだから、明日のお祭りに行ってきなさい。そして、祭りがすんだら安心してあの世へ行きなさい」
 美しい顔立ちになった女は、絵師の言葉をきいて丁寧にお礼をいうと、すうーっと部屋から出て行った。そしてその後、女のゆうれいはこの家にやってくることはなかった。





(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年12月8日火曜日

海がめの里帰り

 年とった海がめが、ある日じぶんが生まれた砂浜へ帰りたいと思いました。
「わしも、ずいぶん年とっていつお迎えがくるかわからないから、死ぬまえに生まれたところへ帰ってみよう」
 だけど、ずいぶん長い年月がたっているので、じぶんの故郷がどこにあるのか見当がつきません。友達の魚たちにたずねたり、海鳥にきいたりしながら、海を泳いでいきました。
 何日も何日も、砂浜をさがしながら泳いでいると、顔つきのよく似た、一匹の年とった海がめにであいました。
「しつれいですが、わたしのきょうだいじゃないですか」
「ああ、そうかもしれない。よく似てるからなあ」
はなしをしながら、いっしょに生まれた砂浜へいくことにしました。
 何日も泳いでいくと、むこうに砂浜がみえてきました。
「この景色は、むかし見たことがある」
「そうだね、おぼえているよ」
いいながら、二匹の海がめは、砂浜にむかって泳いでいきました。
 浜へつくと、むこうの丘のうえに、やどかりのじいさんがやっている浜茶屋がありました。
「あの店で、お茶でも飲んでいこうか」
「ああ、長旅でのどがかわいたところだよ」
 二匹の海がめがお茶を飲んでいると、やどかりのじいさんがそばへきていいました。
「今日はどうしたわけか、よく似た海がめさんたちがたくさんやってくるな。さっきも、六匹の海がめさんがやってきたよ。けさは、四匹の海がめさんがやってきたというのに」
 やどかりのじいさんのはなしによると、その海がめたちは、いずれもおじいさんとおばあさんばかりで、みんなじぶんたちとよく似た顔をしていたそうです。
「その方たちは、どこへいきました」
「ああ、なんでもお袋さんの墓参りに来たっていってたな。むこうの丘をふたつ超えたところだよ」
やどかりのじいさんに教えてもらって、さっそく、あるいていきました。
 丘をふたつ超えたところに、たくさんの海がめたちがあつまって、お墓にお花をおそなえして、手をあわせていました。
「きっと、わたしたちの兄弟たちだ。いっしょに、なかまにはいることにしよう」
そのお墓には、『海がめのお母さんの墓』と刻まれていました。
 みんな、お線香をすませると、カニのじいさんが営業している旅館で、宴会をすることにしました。 二匹の海がめたちも宴会にくわわりました。
 みんなよく似たかめたちでしたので、すぐに打ちとけることができました。 兄弟の多くは、みんなまじめで陽気でしたが、中には甲羅に唐獅子牡丹の入れ墨を入れた目つきの悪い兄弟もいました。 でもみんな気にしないで、わいわいがやがやとお酒を飲んでいました。
「あんたはどこからやって来たんだ」
「おれは、10キロ先の小島の入り江からだ」
「あんたは」
「おれは20キロはなれた沖からだ。天気がいいので散歩がてらにやって来た」
 そんなはなしをしながら、みんななつかしそうに思い出ばなしに花を咲かせていました。
しばらくすると、幹事のかめが、
「なあ、みんな。酒もまわってきたので、ここらで歌でもうたおうか」
といったので、なかにアコーディオンをもってきた海がめがいたので、みんなその伴奏にあわせて歌うことにしました。
 歌のじょうずなかめも、ひどい音痴なかめもいましたが、みんなたのしそうに、その日いちにち、わいわいがやがやと宴会をたのしんでいました。
 そして翌朝、また来年もここに集まろうとやくそくして、みんな別れていきました。





(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)