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高島教諭が行方不明になってから二週間が過ぎ、勤めていた県立高校では不安な毎日が続いた。特に野球部の中田という男子生徒は勉強も頭に入らずいつも心配していた。
「きっと高島先生はあの洋館で何かを掴んだのだ。それは彫刻家の秘密に違いない。でもいったいどこに居るのだろう」
思いながら、これはただ事ではないと感じた。もう一度あの洋館へ行って調べてみることにした。
数日後、洋館へ行ってみた。洋館の庭を歩きながら中の様子を見ていた時、近くの林の中から足音が聞こえて来た。中田はすぐに藪の中に隠れた。しばらくして足音と共には話し声が聞こえて来た。
「困った。警察がかぎつけてるようだ。ここは危険だ。どこかへ引っ越さなければならん」
中田は藪の中から声のする方へ目を凝らした。そこにいたのは、白髪頭の背の高い彫刻家と背の低い外国人の男だった。
「早急に荷造りをしてU県の山へ行きましょう。作品は先に送ります。あの山にいれば大丈夫です」
彫刻家は頷きながら、
「そうだな。何者もわしの仕事の邪魔をするやつは許せん」
そのとき、二人は藪の中が動いたように思った。学生がよろけてしまったのだ。
外国人の男が藪の中を調べた。
「こいつー、隠れていたんだ」
学生はすぐに二人に捕らえられてしまった。
「連れて行こう。お前も大事な素材だ」
男子生徒は洋館の中へ連れていかれた。その後男子生徒も行方不明者となった。
その頃、二人の刑事は、事件が起こった町の薬品店を丹念に調べていた。それは防腐剤を扱っている店だった。刑事たちは事件の異常性から容疑者が、剥製の制作に関わっていると疑ったからだった。
死体は臓器ばかりが破棄されている。剥製を作るのにそれらは不要なものだ。小骨も針金で代用するので特に必要がない。臓器は取り除いて藁を詰めて防腐剤を掛けてしまえば腐ることもない。こうしてこれまで彫刻家は多数の野生動物や野鳥の剥製を作っていたのだ。まったく個人の趣味で行われた猟奇的犯罪なのだ。はじめは野生動物や野鳥が素材だったが、それが人間に変わったのである。
ある店で聞き込みを行った結果、次のことが分かった。
三年前から年に何回か、大量に防腐剤を買っていく小柄な外国人の男が来たというのだ。その男はトランク一杯の防腐剤を買い込み、車の後部座席にはこれも大量の針金と藁が積んであったと話した。車は灰色だった。
二人の刑事がそれらの捜査をしていたとき、鑑識課からビニール袋の切れ端に、血液と若い女性の毛髪が数本付着しているのを見つけた。血液型は行方不明のY校の女子生徒と同じA型の血液型であり、DNA鑑定でも被害者のものと一致した。
一週間後、H村の山中でも行方不明の郵便局の女性職員の臓器が土の中から発見され、血液型とDNA型が被害者のものと一致した。
刑事たちはこれらの調査結果から、今回の犯行が山の洋館に住む彫刻家と小柄な外国人の男の仕業だと断定した。さっそく署に戻り、逮捕令状を作成してもらい洋館を本格的に捜索することにした。
数日後、車で洋館へ行くと、洋館の呼び鈴を鳴らした。しかし誰も出てこなかった。庭にはタイヤの跡が無数に残っていたが車は無かった。
「留守らしい、強制捜査に乗り出そう」
玄関の鍵を壊して中へ入った。
部屋の中は暗かったので照明をつけた。廊下があり静まり返っていた。見たところ普通の部屋だった。一階から三階まで時間をかけて調べたが何も見つからなかった。一階の階段の後ろにドアがあった。ドアを開けてみると地下室へ降りる階段があった。
「降りてみよう。何かありそうだ」
刑事たちは階段を降りて行った。暗いので持参したポケット型の懐中電灯を点けた。細い廊下の突き当りにドアがあった。鍵を壊してドアを開けた。部屋の中には何もなかった。しかし、以前は何かが置かれていたことが様子で分かった。
「引っ越したのかもしれないな」
ひとりの刑事が何かに気づいた。
「部屋のあちこちに血痕があります。ふき取ったようですが、少し残っています」
「恐らく、この部屋は彫刻家のアトリエだったのだ。剥製もこの部屋で作られていたのだ。でも奴はどこへ逃げたのだろう」
刑事たちはこの地下室にあった大量の剥製を運ぶのに、運送屋を雇ったのに違いないと思った。それも大型のトラックが必要である。町の運送屋に問い合わせて、この数日間に依頼があったものを当たってみることにした。
刑事たちは半日をかけて洋館の捜査を行ったが、目新しいものは何も発見できなかった。
数日して運送屋を調査していたある刑事が次のようなことを突き止めた。それは四日前に、この町のある運送会社に電話があり、大量の袋詰めされた置物をトラック2台でU県に運んだというのだ。依頼主は洋館に住む外国人だった。運送屋は荷物の多さに困惑したが、何とか積み込んで運んだといった。外国人からお金を多めにもらって誰にも話さないように指示されたと言った。
「やっぱりトラックで運んだのだ」
警察は運送会社から送り先の住所を聞いた。U県E村というずいぶん山奥の山荘だった。
警察はU県の警察署へ連絡を入れて、共同で捜査をすることにした。
翌日の午後2時頃に、パトカーでU県E村の現場に到着した。警官を含めて11人で山荘の捜索を始めた。山荘は二階建てだった。車庫のシャッターは閉まっていた。玄関のチャイムを鳴らしたが、誰も出てこなかった。見張りの警官を玄関に待機させて、刑事たちは逮捕令状を持って中へ踏み込んだ。やはり誰もいなかった。しかし、部屋に入ると、袋詰めされた置物がたくさんあった。袋をめくってみると、すべて野生動物の剥製だった。
「人間の剥製もあるはずだ。全部調べろ」
警官たちは手分けして山荘の中をくまなく探した。一階と二階の各部屋には野鳥や野生動物の剥製が多数置かれていた。日本に生息するすべてといってもいいくらいの種の多さであった。一階の部屋を捜索していた刑事が書斎の中に隠し部屋があるのを見つけた。壁に掛かっていた絵画を何気なく外してみると、押しボタンがあり、壁の一部がドアになっていたのだ。
「この中にも剥製が入れてあるはずだ。調べよう」
中が薄暗いので懐中電灯を照らして入った。ドアの隅に照明スイッチがあったので照明を点けてみた。刑事たちは驚愕した。殺された被害者の剥製が置かれていたのだ。
それは疑いもなく、行方不明になっている女子高生二人と郵便局の女性職員の剥製だった。生きていたときと同じ服を身に着けていた。目を開き、何の感情もない表情をしていた。
「美術教諭と男子生徒の剥製もあるはずだ。別の部屋に隠してあるのだろうか」
刑事たちは、まだ別に隠し部屋がないか調べてみた。その時玄関で見張りをしていた警官が駆け込んで来た。
「山道を誰か降りてきます」
刑事たちは、それは彫刻家だと直感した。
「パトカーを見られる前に捕らえよう」
山荘から出ると、茂みの中へ全員散らばって身を隠した。
しばらくして紺色のソフト帽をかぶった背の低い外国人の男が歩いてきた。パトカーに気づくと驚いて逃げようとした。刑事たちは飛びかかってその人物を逮捕した。
「山の中で何をしていた」
男ははじめ抵抗したが、観念したのかしゃべり始めた。
「ご主人様の命令で、散弾銃の弾を取りに戻って来たんだ」
その男の話によると、四日前にこの山荘へ荷物をすべて運び終わって、午後から彫刻家と一緒にこの山の奥へ素材になる野鳥を撃ちに行っていたと説明した。
「その彫刻家のいる場所へ案内しろ」
背の低い男は仕方なく従った。刑事たちを案内してまた山道を登って行った。
しばらくして山の中から銃声が聞こえた。散弾銃の音だった。
「近くだな、さあ急ごう」
刑事たちは銃声が聞こえて来る方角へ向かって走って行った。
再び銃声が聞こえたので、彫刻家がいる場所が特定できた。相手が銃を持っているので、刑事たちも拳銃を取り出して近づいていった。50メートル近くまで来た時、彫刻家は刑事たちの姿に気づいた。
「お前たち、何しに来た。仕事の邪魔だ帰れ」
そういって銃口を向けて散弾銃を撃ち出した。正常な人間ではない。相手は異常者である。何発も撃つので、散弾の流れ弾が刑事のひとりに当たった。
「仕方がない、銃を使え」
しばらくして藪の中に身を隠していた彫刻家に警官の弾が命中し、銃声が止んだ。
刑事たちがその場に走って行くと、彫刻家はうつ伏せの状態で倒れていた。重体で意識がなかった。
「すぐに署に連絡して救急車を呼ぼう」
刑事たちはパトカーが置いてある山荘の方へ急いで引き返して行った。(つづく)