2024年6月1日土曜日

(連載推理小説)猟奇館事件

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 店に入ると数人客がいた。店内はエアコンがよく効いていた。二人の刑事は一番奥の席に座って、レモンソーダを注文した。
 壁に貼られた映画のポスターを眺めながら、
「どれも懐かしいサスペンス映画ばかりだな」
 二人の刑事が話をしていると店主がレモンソーダを持ってきた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですが」
 刑事はポケットから警察手帳を取り出して見せた。
 店主は驚いたが、いかにも興味ありげに、
「いや、本物の刑事さんですか、いつも物語の中で刑事さんをお見かけしますが、これは光栄ですな。何でも聞いてください」
 店主は目を輝かせて言った。
「いい人に出会った。それじゃ聞きやすいです。実はこの町の県立高校の美術の先生のことで伺いたいんですが」
 刑事はそういって行方不明の美術教諭の顔写真を見せた。
 店主は写真を見ると、
「この先生なら知っています。何度か店に来ましたから。どうかしたんですか」
「一週間前から行方不明なんです。いま警察で調べています」
 店主はそれを聞いて、
「あの人は山の洋館に住んでいる彫刻家のことを詳しく聞きました」
 刑事たちは目を輝かせた。こんなところで新たな情報が得られるとは思ってもみなかった。
「彫刻家ー。どんなことを聞きましたか」
「あの人は彫刻家にいつも会いたがっていました。実際、何度も出かけて行ったようです」
「そうですか、何か情報が得られたのでしょうか」
「いえ、いつも留守で会えないと言っていました」
 店主は参考になるのではないかと次のようなことも話した。
「二十年も昔のことですか、あの洋館の彫刻家がこの店に何度かやって来たことがありました。多弁で明るく快活で、盛んに制作のことを話しました。いま美術展に出品する彫刻を制作しているとか、いまモデルを探しているとか実に楽しそうでした。でもその後はまったく来なくなりました。変わった性格の人でした」
「何か理由でもあったのですか」
「はい、噂ですが、精神病で何度も精神科へ通院していたようです」
「そのことは美術の先生にも話したのですか」
「いいえ、プライベートなことですから話していません」
 二人の刑事は聞きながら細かく手帳にメモした。
「その彫刻家の名前は分かりますか」
「畔柳と聞いてます」
「畔柳。ありがとうございます。実に貴重な情報です。それで現在はどうなんですか」
 刑事の問いに店主は、
「通院はしてないという噂です。精神病が治ったのかどうかはわかりません」
「通院していた病院を教えてください」
「はい、M市立病院の精神科です」
 刑事たちは店主に礼を言って店を出た。車に乗って署に戻ると、捜査課長に店主の話を報告し、明日、M市立病院へ行くことにした。
 翌日、二人の刑事はM市立病院を訪ねた。
 精神科へ行き、彫刻家の名前を言って過去のカルテを調べてもらった。カルテはすべて残っていた。
「その時、担当された先生は現在この病院におられますか」
 看護師は首を振って、
「いいえ、担当されたのは山崎先生ですが、いまはR市立病院の精神科におられます」
「そうですか分かりました。そのカルテをお借りしてもいいですか」
「病院長の許可があれば出来ます」
 刑事たちは病院長の許可を得てカルテを借りた。
 その日の午後、すぐに刑事たちはR市立病院へ行くと、当時、担当した山崎医師を訪ねた。
「はい、私が畔柳さんの診察をしました。特徴のある人だったのでよく覚えています」
 刑事たちは、その人物がいま話題になっている猟奇事件の容疑者の可能性があることを話した。山崎医師は了解すると刑事が持参したカルテを見ながら次のようなことを話した。
「あの人が最初に来られたのは、八年前でした。とても快活でよく喋り愛想のいい人で、なぜここへ来たのか不思議に思いました。しかし話を聞いているうちに正常な人でないことが分かりました。かなりの妄想性の躁状態が現れており、この六日間はまったく眠っていないと言いました。なんでも職業が彫刻家だということで、食べることも忘れて昼夜制作に使っていると話しました。気になったのは私の質問には余り答えたがらず、本人ばかりが話すことです。私が話し出すと機嫌を悪くして乱暴な言い方が出てきます。ときどき立ち上がって部屋の中を歩き回わって話すこともあります。本人は睡眠不足を自覚しているようでこのままだと身体に障害が出るので治療をして欲しいと言いました」
 山崎医師はカルテをめくりながら、
「これがそうです。はじめて来院されたときの記録が書いてあります。初診ですぐに躁病の症状顕著とあります。主な症状としては、誇大妄想、被害妄想、気分の高揚感、活動性の亢進、多弁、睡眠欲求の減少(不眠)とあります。数回の来院で、うつ病の症状もあることが分かりました。それは周期的に起きるそうで、うつ状態の時は、悲観にくれて何もやる気が起こらず、仕事もはかどらず困っていると言いました。すっかり自信をなくしてしまうので、自分が制作した彫刻作品を壊したりすると話しました。周期的に起こるその感情の変化を調べてみると、ほぼ十年の間隔で起きているのが分かりました。躁状態の時は二重人格の症状も出現するようで自分がやったことを忘れていることもあります。
 本人の話ではフランスで彫刻の勉強をしていた時期(二十代)の頃に躁状態が酷かったと話しました。しかし三十代から鬱状態で何もやる気が起こらず、何度も自殺未遂を起こしています。四十代の頃に日本へ帰って来てからは再び躁状態に戻っています。五十代から再び鬱状態となり、六十代の躁状態のときに初めて来院されたのです。病状が酷かったのですぐに一年ほど入院させて、薬物治療を続け、症状が幾分かよくなり、睡眠もとれるようになったので六年前の春に退院させました」
 刑事たちは山崎医師の話を聞きながらその後のことを質問した。
「それで、そのあとはどうなったんですか」
「はい、二年後、秋に再び病状が悪くなったので来院されました。躁状態が引き続き顕著でまったく眠れないと訴えました。薬物治療を行ったので症状はよくなりました。一時的にうつ状態に変わったようで性格も暗くなり、悲観的な話が多くなりました。もう制作はやめたい、ただの石を彫る彫刻は、温もりもなく冷たいばかりで興味をなくしてしまったと話しました。そんな状態だったので再び一年ほど入院させました」
「そうですか、最後に来院したときはどうでしたか」
「退院してから一か月後、経過を見るために来院されたときは性格も明るくなっていました。制作意欲も出てきたようで今新しいものに取り組んでいると言いました。彼がいうには、彫刻は私にとって無意味だ、もう制作することはない。気分が再び高揚したときは新たな制作に取り組んでいくと話しました」
「新たな制作ですか、それはなんです」
 刑事が口を挟むと、
「それはいまは語りたくない。芸術家の秘密だと言いました。ただー」
と山崎医師は、言葉を止めた。
「ただとは何ですか」
「ええ、最後に来院された時に、上着の袖のあちこちに血が付いていました。それは動物の血だとわかりました。本人に尋ねると、山で死んだキジを見つけて剥製にしてみようと思って持ち帰ったそうです。そのときに付いた血だと言いました」
「剥製ねー」
 刑事たちは不思議に思いながら頷いた。
「病院へはひとりで来てましたか」
「いつも背の低い外国人が一緒でした。本人は車の免許を持っていないのでその男の車で来ると言いました。診察が終わるまでじっとその男は待合室で待っていました」
「そうですか、背の低い外国人の男ですかー」
 二人の刑事はその男がいつもM市立病院の待合室で待っていたことを聞いて、そこで女子生徒二人と郵便局の女性職員の家庭の事情を知ったのではないかと疑った。親が入院中であれば女性たちは度々病院へ来院する。女性たちは待合室で何度も男と顔を会わした可能性があるからだ。 
 二人の刑事は医師の話を聞いて確信を持った。それにしてもその彫刻家が特異な性格の人間であることがよくわかった。
「どうも貴重なお話を聞かせていただいて助かりました。また必要な時はよろしくお願いします」
 二人の刑事はそういって病院から出て行った。署に戻った刑事たちはさっそく翌日の捜査会議で山崎医師から聞いた話を報告した。
「お手柄だった。この情報は実に有益な情報だ。その彫刻家を引き続き調べてくれ」
 捜査課長は、担当の二人の刑事にその彫刻家を徹底的に捜査するように指示した。鑑識課では刑事たちが持ち帰ったビニール袋の分析を進めていた。(つづく)