むかし、ある村に、変わったお百姓がおった。まだ若いのに畑にも出ないで、家の中でぼんやり一日を過ごしていた。
仕事をしないから暮らしは貧しかったが、まったく平気だった。
そんなある日、お百姓は旅へ出ることにした。
「山を越えて、あちこちの村へいってみよう。何か面白いことがあるだろう」
旅支度をして、さっそく出かけていった。
山を五つ超えたとき、夕方になった。
「どこかに家はないかな」
みると林のそばに山小屋があった。木こりの家らしい。
お百姓は今夜泊めてもらうことにした。
「だれかいませんか。旅のものです」
すると、小屋の戸が開いて、白髪あたまのばあさんが出てきた。
「どこからきなさった。さあ、中へお入り。じいさんは用があって今夜は帰らん」
親切なおばあさんで、シイタケやキノコの入った山菜なべをごちそうしてくれて、部屋もかしてくれた。
深夜、眠っていたとき、となりの部屋から物音が聞こえた。明かりがついているので、おばあさんが仕事をしているらしい。
寝床を出てそっとふすまを開けてみた。
「わっ!」
思わず声を出してしまうところだった。そこにいたのは人間の身体くらいある大蜘蛛だった。
「へっ、へっ、へっ、ひさしぶりに肉が食える。毎日山菜ばかりでは身体がもたん」
ひとり言をいいながら大蜘蛛は二本の足で、器用に包丁を研いでいた。
「早く逃げないと食べられる」
だけど部屋には窓もないのでどこからも逃げられない。
「用で出かけたじいさんが頼りだ。早く帰ってこないかな」
思いながら寝ずにふとんのそばでじっと座っていた。
明け方近くになり、となりの部屋の明かりが消えた。
「大蜘蛛は眠ったのかな」
ふすまの戸を開けてのぞいてみた。誰もいなかった。
「いまのうちに家から逃げよう」
玄関へいくとき、天井から糸が垂れてきて黒い影が現れ、影はすぐにお百姓の上に覆いかぶさった。
「ぎゃ、たすけてくれ」
お百姓の声が家中に響いた。しばらく何かと格闘していたが、やがて静かになった。
昼頃、となりの山小屋に住んでいる木こりがやってきた。
「すまんが水を一杯もらえんか」
おばあさんが小屋から出てきた。
「ああ、どうぞ。いつもいろんなものをもうてすまんです」
木こりはぐいっと水を飲みながら、
「どうじゃった、この前もってきたシイタケとキノコの味は」
おばあさんは困った様子をしながら、
「おいしかったけど、食べるとなんかへんな幻覚をみるようじゃ」
「へえ、そうかいな」
「ゆうべ旅の人が泊まったんじゃが、なんか様子がおかしんで、いま部屋で寝ていなさる」
「そりゃ、たいへんなことしたな。これからはよく調べてからもってくるわな」
部屋で寝ていたお百姓は、その日一日幻覚に悩まされたが、次の日には元気になって、山小屋から出て行った。
(オリジナルイラスト)
(未発表作品)